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手を動かしながら考える

平成の初め頃に社会人になった世代の人たちは、業務がアナログからデジタルに変わっていく途中のさまざまな状態を経験していると思います。たとえば、原稿用紙に手書きだった文字原稿作成がワープロに代わり、FDやMO(懐かしい!)でデータをやりとりする時代を経て、メール添付からサーバーやクラウド共有へ。また、デジタル時代以前のエディトリアルデザインは「レイアウト用紙」という本の見開きサイズの方眼紙に、定規と鉛筆で作るものでした。写真ももちろんまだフィルムで、構成を考えるときはライトテーブルの上に1枚ずつ切り出したポジフィルムを並べます。写真を誌面デザインに写し取るのは「トレスコープ」という一人暗室みたいな遮光カーテンつきのテーブルのような装置にもぐって、手元のハンドルで倍率を調整しながら鉛筆で輪郭をとるのです。図画工作が好きだった自分は、時々やらせてもらえるこの作業がとても楽しみでした。と、アナログ時代のページ作りの話は、楽しくてずっと続けてしまいそうです。

原稿執筆もデザイン作業もPC1台でできる現在、便利なデジタルツールで作業はどんどん効率的になり、多くのことが簡単にスピーディにできるようになりました。その恩恵は偉大で元に戻ることは難しく、今、手書きで長い原稿を書けと言われてもきっと書けないし、エディトリアルデザインも手描きはおそらくラフのみで、あとの作業はデジタルツールなしでは相当大変でしょう。でも、持ったときや開いたときの印象や手触り、視覚的な展開に起伏があるかどうかなどを大切にする本というメディアは、やはりどこかで常にそのことを意識しながら編集しなければ、と思います。


おかげさまでとても好評だと聞く、先月末発売された澤山乃莉子さん著『THE CURATION HOTEL』の、空気感と手触り感のある写真集的な作りは、アートディレクターの木村裕治さんのお仕事なくしては実現できないものでした。デジタルツールを駆使しながらもマニュアルな手仕事を大切に進めるそのデザイン工程を見ていて、血の通ったいきいきとした仕上がりは、やはりデジタル的な効率や便利さとは対極にあるものにも、心を砕いてこそできるのだと思いました。


デザインの打ち合わせ中、木村さんが何度か見せてくださった本がありました。3年ほど前に手がけられた『アートディレクター 江島任 手をつかえ』という650ページ超の本で、木村さんのボスであった江島任さんの全仕事が詰まった一冊。昭和の高度経済成長期の日本のエディトリアルデザインを代表する才能が、愛弟子の手によってまとめられています。デジタルツールはもちろん、コピー機もそんなに普及していない時代。時代の先端を行くデザインは、手を使って紙を切り貼りして生み出されていきました。手を動かしながら考えること、作ることの大切さを改めて思います。今は入手困難な本ですが、こちらのプレビュー動画で中身をのぞくことができます。少し前のものですが、こちらの記事もぜひ。エディトリアルデザインの魂を継承(産経ニュース 2017.7.30)


社会人になりたての頃、手を動かすエディトリアルデザインの一端をほんの少しだけ見ることのできた幸運を胸に、頭や目だけではなく手も動かすことを心がけながら、デジタル時代の本づくりをがんばっていこうと思います。

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