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『赤い小馬』に、21歳と37歳の自分が書いたこと

  • 21 時間前
  • 読了時間: 9分

8月28日のニュースレター「Happy Friday!」で、繰り返し読んでいる一冊として、スタインベックの『赤い小馬』のことを書きました。


その文中で少しだけ触れた、「同じ本について、21歳と37歳のときに書いた二つの文章」を、読んでみたいという奇特な方のために、こちらにこっそり置いておきます。


一つは、大学の英米文学科の授業で提出した作品論、もう一つはそれから十数年後、大学のゼミの恩師・T先生へ、同期有志でサプライズの文集を贈った時に寄せた文章です。青臭い筆致は正直なところ少し面映いですが、直さずに当時のまま載せます。同じ一冊の物語が、時を隔てて自分の中でどう変わっていったのか。暇つぶしにでもお付き合いいただけたら嬉しいです。


Photo /Casey Horner
Photo /Casey Horner

ジョーディ少年と二つの「死」(「赤い小馬」作品論)


サリーナスの豊かな大自然の中で繰り広げられるこの小さな物語には、腕白だが透明な心をもった少年ジョーディをとりまく日々の出来事が語られている。めぐる季節と共に、彼を訪れるものがある。少年の心はその度に強くひきつけられるのだが、運命や時の流れは容赦なくそれらを連れ去って行く――少年ジョーディは幾つかの「死」を身近に体験するのである。


ジョーディは、生きるもの達の舞台としての農場の一日を見て育ち、周りの自然の中からヨモギの原やギャビラン山脈という親友を作る。あらゆる「生」の満ちあふれる環境の中で、彼は絶えることのない好奇心をもってそうしたものに対する感覚を研ぎすます。赤い小馬という思いがけない贈り物を前にした瞬間から、慣れ親しんできたその「生」のひとつが彼のものになった。ひとつの生命を、初めて息の詰まるような切ない思いで見つめる少年の姿がある。喜びと緊張の日々、彼は他の子ども達に対する優越感、馬から落ちることを恐れる自分への羞恥という形で、自分を見つめることを知り始める。後に二頭めの小馬が約束された時には、彼はよりはっきりと自分の成長を自覚している。と言ってもこれは、喜びを伴うある刺激的な体験によって、急に自分が大人になったように感じるという、私自身もよく経験した錯覚に似たものかも知れない。このわくわくする体験よりむしろ、悲しみによって大きく階段を昇っていることに彼は気づくだろうか。


静かな語り口と反して、この物語における死のシーンは凄絶である。主人公が出会う「死」のうち、赤い小馬の場合とネリーの場合の凄まじさは、「生」と「死」が常に背中合わせであることをまざまざと見せつけ、喜びに満ちたものだったはずの「生」の本当の意味を知らしめる。ジョーディは、赤い小馬の死を生の糧としたハゲワシの血にまみれ、ビリーは黒い小馬の誕生とひきかえに腹を切り裂かれたネリーの血を全身に浴びて立ち尽くすのだ。


「生」の満ちた所には従って「死」も同じだけ存在する。ジョーディはこちらをも見慣れているはずである。しかし自分のものであった小馬やネリーの死は、彼が戯れに打ちとった鼠の死とも、家で飼っていた豚がイトスギの木のところで殺されることとも違う。愛するものを失った経験と約束を果たしたと言うビリーの目によって、彼には解決できない、従って抗うこともできない厳しい世界を初めて知ったのだ。少年は小馬が死んでから、ツグミを捕らえたあとナイフでバラバラに切ってしまうということをするが、これはいつもの悪戯ではなく、手のひらの上にまたひとつ「死」があるのに気づいて、混乱した頭の中で必死に答えを探そうとしていたのではないだろうか。


ジョーディの好奇心は一方で、遠い空間・時間を隔てた所に至ることもある。それらは手で触れることができないだけに憧れも強く、はるかに横たわる大連峰や祖父の話す開拓時代の様子などは、彼の空想の多くを占める。余りにも大きなその実体の、貴重な一部を彼にもたらす存在として、ヒターノと祖父という訪問者が登場する。彼にとってこの二人の老人は憧れと自分とをつないでくれる架け橋であり、敬愛するが、時代は彼らを、年老いているというだけの理由で置き去りにしようとすることを知らされる。老人の精神は、いや外見さえも、依然立派でまるで朽ちてはいなかった。この誇り高き古強者達に今向けられるのはしかし、せいぜい優しいいたわりの心である。優しさを持ち合わせないわけではないのだが、そういったことを嫌う父カールは、現役の立場から彼らを排斥しようとする。父親の性分を見抜き、しかし畏敬の念も抱くジョーディの心には、またもや救いのない悲しみが芽生える。


ヒターノと金色の刀、かつての名馬イースター、あの山峰は一つになって、人々から忘れ去られた、ジョーディの知らない世界へ行ってしまった。祖父は自分の昔話がもはや誰の心も動かさないことを知った時から、虚ろな目の老人になってしまった。そこにはもう一つの「死」がある。『開拓時代が終わったときにあの人の一生も終わった』とジョーディの母親は言っているが、開拓精神を語り継ごうとした第二の人生も、皆がそれを遠い昔の出来事としてしか受け取らない今となっては終わってしまったことをジョーディは知る。凄絶な肉体の死とは別の、寂しい静かな、心の「死」である。


ジョーディにはまだ知らないことが多くある。未知のものは自然の中にもあり、人の中にもあり、彼はこれからも様々な痛みを味わい、何かに怒り、そしてあきらめ、成長を続けていくだろう。ビリーからは誠実さと勇敢さを、母からはさりげない優しさを、そして自然からは偉大なる恵みと厳しさを与えられるこの環境にいる限り、少年の苦悩はすべて大きな実りをもたらすことと信じる。一生未知のものである「死」との邂逅をこえて――。


(この作品論は、大学3年の秋に提出したものです。指導教授のT先生からは当時「あなたの文章は主張があって文尾がはっきりとしていて読んでいて気持ちがいい。ただ、きれいにまとめすぎているところもあるので、もっと生の感情をさらけ出して書いてもいいよ」と言われていました。このレポートはその基準を満たしていたようで、田村史上最高点でした笑)



赤い小馬と、私の黒い子犬 The Red Pony and My Black Puppy


自宅の本棚に、古びた文庫本の並ぶ一隅がある。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『ワインズバーグ、オハイオ』『遠い声 遠い部屋』『赤い小馬』などの並ぶその最上段の一列は、あの懐かしき大学4年生の1年間に、ふと私を連れ戻してくれる。なかでも、スタインベック『赤い小馬』は特別な1冊だ。何度も何度も読み返して、友人にも勧めて何人にも貸した結果、ついに戻ってこなくなり、最近2冊目を買ったほどである。


先生の著書『アメリカ文学のなかの子どもたち』の最終章(第11章 子どもと自然 アメリカの絵本から小説まで)で久々に、そのジョーディ少年の物語と再会した。これは確かゼミではなく、「米文学特講」の授業で取り上げられ、レポートに選んだ作品で、先生からほめていただいたのをうれしく覚えている。今回の課題図書を拝読して、そんな懐かしい思いとともに、先生が教えてくださった数々の「イニシエーション・ストーリー」のなかでも、「動物」をキーワードとした作品に、当時の私があんなにも感動したのはなぜだったのか、改めてわかったような気がした。


子どものころの私は、みんな信じてくれないかもしれないが、極度に内気で友だちも少なく、いつも犬や猫やハムスターなど家で飼っていた動物や、当時はまだ街中にいた野良犬や野良猫、捨て犬や捨て猫と遊んでいた。もの言わぬ動物と心を通わせることで、学校で人とうまく話せず、果たせない思いを満たしていたようなところがあった。動物たちはいつも私にやさしく、無垢な瞳で私を見て楽しそうに遊んでくれた。


でも、そこは子どもというべきか、私の彼らに対する態度はいかにも未熟で身勝手で、残酷なものだった。私が遊ぶのに飽きて何日も散歩に連れ出さなかった結果、鎖をちぎって脱走し、車にひかれてしまった雑種犬のチロ。生まれたばかりの子猫たちを、目も開かないうちから私がおもちゃにして衰弱死させてしまい、雨の朝、その5匹の死骸を縁側の片隅に集めて、悲しそうに私を見ていたその母猫ミイ。その後まもなく、彼女は家から姿を消した。小さな切り傷に治療のつもりで絆創膏を貼りつけてしまい、そこから化膿して死んでしまったハムスター。雨の日に拾っては来たけれど母に叱られ、泣く泣く元の場所に置いて来ざるをえなかった子犬や子猫。私の過失で死なせてしまった友だちは数多く、昨日までいっしょに遊んでいた動物の死は、取り返しのつかない失敗と喪失の原体験として、深く長く心に残った。


ジョーディ少年の愛する子馬を失う体験、またその後、殴殺された母馬のおなかから取り出される、約束の子馬誕生の壮絶なシーンは、苦い後悔と優しい思い出のないまぜになった、私自身の生きものたちとの関わりを思い出さずにはいられなかった。大自然の営みのなか、死とその予感とが充満している世界に暮らす少年の体験に、東京郊外の小さな街で生まれ育ち、内気な少女から少しだけ成長した21才の私が感銘を受けたのは、痛みを伴う体験=死と別れが子どもの成長の契機となる、という事実を、文学評論の机上の言葉としてではなく、心の底から共感できたからではないかと思う。また当時、「生と隣り合わせの死」という、先生が授業で繰り返し使われた印象的なキーワードにも、自分なりの意味を読み取り、深く納得した覚えがある。そこまでcommitして物語に向き合うことは私の場合、それほど多くはないことなのに。


16年後の今振り返ると、自分の人生の色調や、ものの感じ方にかなり影響を与えたと言える幼いころの原体験を、あのとき、作品を通して追体験し、その意味について考察できたのは、とても幸運なことだったと思う。動物だけが友だちだった少女時代を過ぎ、頑なな自分を少しずつ解放して、いつしか信頼できる仲間や自分の好きなことを見つけ、なんとか人並みに大人になろうとしていた大学3年生の私が、子ども時代の記憶を完全に忘れ去ってしまう前に、たいせつな何かを思い出すよすがを、先生が出会わせてくださったあの作品は提示してくれていたのではないだろうか。


小さな動物は今も私のたいせつな友だちである。13才の夏にわが家に来て、28才の秋に行方不明になってしまうまで、15年もの間仲良しだった愛犬ミックは、中学、高校、大学、社会人と環境が変わってもいつも変わらずそばにいて私を慰めてくれた、たいせつな親友だった。彼女を失ったショックからようやく立ち直ったその5年後、結婚してから飼い始めた小さな黒いやんちゃな犬・はなもまた、毎日私のそばにいて、お互いに心の通じ合う大親友である。


愛犬を可愛がることで、幼いころの失敗の罪滅ぼしをしているのだろうか? おそらくそうなのだろう。ただ、もうひとつ言えることがある。現在の生活の大部分を占めている仕事と、日常の些事に埋没しがちな日々にあっても、毎朝目覚めて、今日も一日が始まることがうれしくてちぎれそうにしっぽを振っている黒い小さな犬を見ると、なんだかそれだけで、今日も元気に生きていけそうだと思うのだ。今ここに生きていることのシンプルな喜びを伝える、小さな命の輝き。それは、あの遠い日の原体験と、青春時代の追体験が、今の私に残してくれたものであることは疑いのない事実である。



(何十年も前の原稿用紙に手書きのレポートも、プリントアウトしか残っていないレポートも、AIが一瞬のうちにテキスト化してくれました。本当に、便利な時代になりました!)

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