AIと仕事をすることの、その先にあるもの
今週、ふと心に浮かんだことがあって、うまく言葉にできる自信はないのですが、忘れないうちに書いておきたいと思います。

皆さんもそうだと思いますが、日々の業務で、AIと相談しながら何かを進める時間が増えています。自分の文脈(コンテクスト)や、仕事の背景情報を渡し、着々と理解してもらいながら仕事をしていくと、その先に行き着くのは、業務効率化とか表現の洗練とかのレベルではなく、もっと大きなもののような気がするのです。
自分の文脈=何を大事にしていて、どんなふうに届けたいのか。そういうことを言葉にして手渡すと、返ってくるものが、自分を映す鏡のように感じられてきます。その反復作業はまるで、「自分は何者で、何を世界に手渡したいのか」を、自分自身に問い直す作業のようです。相手がAIでも、いや、むしろAIだからこそ、深いところまで伝えるほど、「私は本当のところ、何がしたいのか」「この先、世界に何を手渡したいのか」——そんな大きな問いの前に、そっと連れ出される感覚があります。
「結局のところ、自分が最大限に貢献できることは何だろう」というテーマを、一人一人が壁打ちをしながら育てていくと、AIは、ただ作業を肩代わりする道具ではなく、「自分の最良のものを、世界に手渡す」のを助けてくれる相棒になるのかもしれません。一人の小さな「良くしたい」が集まって、その小さな善意の総和として、世の中が少しずつ良い方へ動いていく。——なんというか、AIを使うことで、そんな大きな方向へ、人類が進んでいけたらいいなぁ、とも思いました。
道具は結局のところ、使う人を映します。だから、どう使うかにも、その人の在り方が出るのだと思います。また、以前「AIを支える誠実さ」という回で書きましたが、AIという最新鋭のものの奥にも、「善くあろう」とする作り手の誠実さが、静かに流れているのを感じます。その人間的な温度も、この小さな希望を静かに支えてくれている気がします。
うーん、やっぱりまだあまりうまく表現できないですね。でも、今のこの感じを、逃さずに書き留めておきたかったのです。読んでくださって、ありがとうございます。
どうぞよい週末をお過ごしください!




コメント