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90歳のレジェンド

(2024年6月7日配信のニュースレターをこちらにも掲載します)


こんばんは。エディターの田村です。

 

Photo/Michele Wales

先日テレビで、90歳になられたイラストレーターの宇野亞喜良さんのドキュメンタリーをやっていて、「おおっ!宇野先生!15年前と全然変わらない!」と、一緒に観ていた夫とほぼ同時に叫んでしまいました。

 

会社員時代に最後に作った書籍で、宇野亞喜良さんとご一緒したことがありました。宇野さんは挿絵のご担当で、著者はアンティークシルバーの専門家、大原千晴さん。当時在籍したインテリア雑誌の連載をまとめた書籍です。連載スタート時は別の同僚が担当していたのですが、その人が退職し、私が引き継ぐ形で連載を担当して、そのまま書籍化の仕事もしました。

 

アンティークシルバーにまつわるヨーロッパの食卓の歴史を絡めながら、歴史上の人物のストーリーを大原千晴さんが綴る、文化教養の香り高い連載で、勉強になる貴重な仕事でした。大原先生は連載原稿をメールで提出してくださるのですが、宇野先生のイラスト原稿は毎回、ご連絡をいただいてから、麻布十番の事務所まで受け取りに伺うのが恒例でした。

 

1960年代から寺山修司、横尾忠則、和田誠といった人たちとともに日本の芸術・デザイン・イラストレーション文化を担う第一人者として時代を切り開いたうえ、60年以上という長きにわたり、今も第一線で活躍されているレジェンドの宇野さんです。その玉稿を宅急便やバイク便で受け取るなんてとんでもない、というのが当時の編集長の考え。

 

それは当然です。私も当然前任のスタイルを受け継ぎ、かなり緊張して、でもかなり楽しみに、毎回アトリエにお邪魔したことを思い出します。自分が子供の頃、編集者ってこういう仕事だよなと思っていた通りの「先生、お原稿を受け取りに参りました」というあのシーンです。

 

アンティークシルバーにまつわる歴史人物に関する原稿を著者の大原先生から受け取ると、それを宇野先生にお送りします。宇野さんは原稿を読み込み、テーマにぴったりフィットした、でもちょっと外しやウィットの効いた仕掛けを入れた肖像画を描いてくださり、もう本当に素晴らしいと毎回感動でした。

 

テレビ番組で見た宇野さんのアトリエは、インテリアも15年前とほとんど変わっていませんでした。いつも伺うとお茶を出してくださり、封筒からトレペのかかったイラストを出して見せてくださり、「どうですか?」と必ず聴いてくださるのです。

 

当時75歳でいらっしゃいましたが、物腰がスマートで自然で、大御所でも尊大なところが全くなく、いつも気負わずフラットで穏やか。番組の中でもおっしゃっていましたが、「イラストレーションは自分の思想ではなく、人の考えていることをどう視覚化するか」「仕事の依頼がないと考えるエネルギーが出てこない」「ビジネスとして宇野に頼むとこの辺のものが出来上がるだろう、という予測を多少裏切りたい」「頼まれている自分の存在が気持ちいい」——その姿勢が伝わる、いつも、そういう作品でした。

 

「イラストを描かれるときは、音楽をかけたりなさるんですか?」と聞いたことがあるのですが、「うん、かけるよ。でもだんだん作業に夢中になっていくと、途中から何も聞こえなくなるけれどね。気がついたら音楽が終わってしばらく経っていることが多い」とおっしゃっていて、それがとても印象に残っています。もう、そういうところも本当にかっこいいなぁと。

 

書籍自体はもう絶版になっているのですが、アマゾンで調べたらまだ本の紹介文が生きていました。15年前の自分が書いたものですが、引用します。

 

英国宮廷にお茶を広めたカタリナ姫、ヴィクトリア期のカリスマ主婦ミセス・ビートン、ルネサンス期のパトロン、イザベラ・デステ、百貨店を作った男リバティ…… 銀器の歴史を語る上でははずせない人物たちのストーリーを通して、アンティークシルバーの世界に横たわる、興味深い人間ドラマや、あるデザインの存在理由、歴史上のできごととの知られざる関わりなどを、食文化史研究家であり、南青山のアンティーク銀器専門店「英国骨董おおはら」の店主でもある大原千晴さんが語ります。銀器の美しい写真と、テーマを深く洞察した、宇野亞喜良さんの華麗な挿絵がストーリーを見事に彩ります。アンティークシルバーという「モノ」を手掛かりとして、これを生み出した時代と人間を探れば、そこには人々の喜びや悲しみが見えてくる…… その深みのあるおもしろさの一端を伝えたい—— 著者のそんな思いが込められた、ユニークな一冊です。

 

今読むと「見事に」とか「テーマを深く洞察した」とか、陳腐な表現が結構恥ずかしい。こういう風にしか書けなかった自分、未熟だね…と思います。



そんなことをいろいろ思い出したこのドキュメンタリー、まだ視聴できるのかなと調べてみたら、NHKオンデマンドで来年の5月まで観られるみたいです。ぜひご覧になってみてください。

 

6月16日まで東京オペラシティで開催されている展覧会も、必ず見に行こうと思います。これまでの仕事で出会った尊敬する大先輩クリエイターのお話、これからも思い出したら時々書きますね。

 

どうぞよい週末をお過ごしください!

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