クリエイターズ・インタビュー:七島幸之さん、佐野友美さん(建築家)

今回は、建築家夫妻のご紹介です。アトリエハコ建築設計事務所の七島幸之さんと佐野友美さん。ともに古市徹雄都市建築研究所で公共施設の建築設計に携わった後、数年の準備期間を経て、一緒に事務所を開業したのがご結婚と同じ年の2006年。以来二人三脚でたくさんの家を作ってきました。門前仲町のオフィスで、お二人にお話を伺いました。

「アトリエハコ」という事務所名には、どんな思いが込められているんですか?

佐野さん(以下S)私はもともと、誰かと一緒に事務所をやりたいと思っていました。二人でやるなら、個人名をそのまま事務所名にするのではなく、何かわかりやすい素敵な名前をつけたかったんですね。

七島さん(以下N)建築家の作品的な意味合いをもつ公共建築や、大手ゼネコンとの仕事など、それまでの経験を踏まえ、自分たちでやるなら今度は、個人のお施主さんと一緒にそれぞれの生活の「器」といえるような家を作っていきたいと思いました。ハコ=箱という言葉には、暮らしの器(いれもの)という意味もあり、住み手のことを最優先に考えるという設計上のスタンスともフィットするように感じたので、この名前にしました。

S フランクな語感も気に入っています。私はああだこうだ言うだけで、候補は全部、七島が考えてくれたんですが(笑)。

N ネーミングの本を読んでいろいろ候補を出しましたね。「あ段」で始まり「お段」で終わる音は落ち着きがいいとか(アトリエハコ、まさにそうですね)、いろいろ勉強になりました。

ウェブサイトより「キナリの家」 撮影/澤崎信孝

ご自身では、どんな家づくりが得意なプロだと思いますか?

S 「等身大の家づくり」でしょうか。家を建てるときって、誰しもちょっとよく見せようという意識が働くと思うんですが、じっくり話をしてみると、その人がきっと自然体で過ごせるだろうなと思えるものが見えてくるんですね。聞き出すのではなくて、着ているお洋服や会話の端々などから、好きなものをくみ取るのがわりと得意かなと思います。それを踏まえた提案をしたとき、驚きつつ共感してもらえると、本当にうれしいです。

N 僕は「愛せる家、愛着の持てる家」かな。愛着って、かっこいい、かっこ悪いの価値観とはまた別のところにある気がするんです。長く住んで、本当にこれがあってよかったなと思う対象になり得たり、なんだか笑えるユーモアがあったり。


なるほど。表現は違うけど、お二人の言っていることは同じだと思いました。

N 偶然なのかもしれないのですが、僕らのお客さんには、必要以上に自分たちをかっこよく見せようという人があまりいないんですね。何かを選ぶときにも「今これが流行っているから」ではなく「なんかこれが好きなんですよね」ということを大切にする人が多い。だから僕らも、家を外側やスタイルから考えることはあまりなくて、住み手であるお施主さんのリクエストにベタに向き合い、率直にアプローチします。特に、素材や仕上げの前にある「空間のあり方」という大きな部分は、とても大切だと思っています。

ウェブサイトより「南烏山の二世帯住宅」 撮影/解良信介(URBAN ARTS)

アトリエハコさんは、広さに限りのある空間を上手に使って、楽しく過ごすための提案に定評がありますよね。

S ありがとうございます。小さいけれど工夫のある楽しい家は、設計するのもとてもやりがいがあります。先日、英国シェフィールド大学から早稲田大学に交換留学に来ているイギリス人の建築学科の学生さんが、都内で狭小住宅を得意とする建築事務所として私たちを見つけ出してくれて、論文を書くためにインタビューに来てくれたこともあったんですよ。


今のお話と少し重なるかもしれませんが、お仕事をするうえで、いちばん大切にしているのはどんなことですか?

N 設計をするとき、もちろん毎回「これがベストだ」と思って完成させるのですが、提案してそのままではいかず、要望をいただいてやり直すこともあります。そのときは単なるやり直しや微調整に終わらずに、「要望に合致させるにはそもそもどういうことだっけ」といったんゼロに戻して、次のものがまたベストと思えるように、全体像が変わるくらい大きくリセットします。そこを妥協すると、お施主さんに対して不誠実だと思うから。

S 私も、なるべく同じことをしないことでしょうか。私はキッチンや家具を担当することが多いのですが、長く取り組むうちにパターンがいくつもできてくるんですね。でもそれがあっても、前と同じでいいやという考えを持たず、毎回新しい何かに挑戦することを心がけています。

N 僕らに家づくりをまかせて、人によってはなけなしのお金をつぎ込んでもらうのですから、ご予算を聞いて「それだとこれは無理ですね」とか「最低限この仕様にはしていただかないと」みたいなことをこちらから言うのはかっこ悪いと思うんです。予算的に窓を多く作れなくても、最高の方角に1つだけ窓を作って、気持ちいい光と風が入るなら、それだけで何もいらないと思えるかもしれない。そういう部分を最優先したいと思っています。

おっしゃるとおり、誰にとっても家づくりは人生の一大事ですし、一つのプロジェクトには大変な労力や時間がかかり、プレッシャーやご苦労も多いと思うのですが、何がそれを乗り越えさせてくれるのでしょう?

N 課題にぶち当たっているときは、ある意味夢中になって「ダメ元でこっちをやってみるか」「こう変えてみようか」と、とことん向き合います。1つの問題に対して10種類くらいの方法を試すうちに、何かしらの解決の糸口が見えてくるんですね。その瞬間は「あっ、見つけた!」とどんなに些細なことでも「発見した」感じがして、それが実は喜びになったりもします。

S 私は大変だとたまに弱音を吐いたりすることもあるんですが、そういえば彼はあまりそういうことを表に出さないですね。真面目にやっていればいいことあるよ!といつも言ってくれます。

N 輝かしい作品ももちろん作りたいけれど、今の仕事を地道に継続することが、ある意味目的でもあるんです。死ぬ間際に人生を振り返るとき「何歳のときにあの家を作ったな」という思い出し方はたぶんしなくて、「いろいろな人といろいろな仕事をしたな」という振り返り方をするでしょう。建築にもインテリアにもトレンドがあって、それに真剣に向き合う人もいますが、僕らが目指すのは、数年後に輝きが褪せるものではなくて、十年後に見ても古くならないものを作ること。そういう考えで作ると、爆発的な話題にはならないです。でも毎回、お施主さんにはとても喜んでもらえるし、自分の中で子ども時代から憧れていた建築界の巨匠たちの存在もどこかで意識しながら、その都度ベストと思えることをやってきている。そんなスタンスで家を作る自分たちのことを見つけてくれる人は必ずいるという希望は、いつも変わらず持っているんです。


お二人が今手がけているプロジェクトについて教えていただけますか?

N 来年秋に完成予定の、都内にある小さな会社の社員寮を作っています。1階が食堂で、会議もできるオープンスペース。地域の子どもやお年寄りに開放することもできるような多目的スペースになります。2階は社員の方が住むプライベートな居室。キャリアの初めの頃に経験したマンションの部屋づくりや、積み重ねてきた狭小住宅づくりの空間の感覚が生かせる仕事だと思っています。

S 個人宅では、9年前に知り合って時間をかけて打ち合わせしてきたお施主さんの家が着工しました。地下1階、地上2階建てで庭も作れる、横に広がるプランで、今からとても楽しみにしています。


ノルウェー、旅のスナップから。

これから忙しくなりますね! では今、お二人が注目していることや凝っていることは何でしょうか?

N 昨年夏にノルウェーを旅して以来、その魅力にはまっています。現在18本あるフィヨルド観光ルートに点在する、休憩所や展望台などの施設を見学する旅です。その美しい建物は100以上あり、すべて違う建築家が手がけていて、ここ30年ほどの間に毎年数カ所ずつ建てられていることを建築雑誌で読み、興味を持ったのがきっかけでした。

S それらを見に行くのも大きな楽しみなのですが、大自然の中を車で巡る旅の快適さや、夏の北欧の美しさが素晴らしくて。それまではいろんな国に行くことが好きだったのですが、今年も行ってきたばかりなのに、来年もまたノルウェーに行きたいと思っています。


最後に、これから実現したい目標や、かなえたい夢はありますか?

N さまざまな分野の方々とコラボレートしたプロジェクトを手がけたら、また世界が広がるだろうなと思います。店舗の設計もやってみたいし、公共建築の設計コンペにもチャレンジしていきたいと思っています。

プライベートでは、ノルウェーで見たようなライフスタイルで暮らせたらいいなと思いますね。拠点をどこかに移すのか、あるいは一定期間、自然の豊かな場所を車で旅することをライフワークにしていくのか、どんな形になるかわかりませんが、国内でも海外でも、そんな自由な暮らし方は、自分たちのこの先の理想にかなり近いと思っています。


インタビューを終えて

お二人の自宅兼事務所は、にぎやかな下町を流れる川岸にある、昭和中期の船宿を改装したビル。オフィスと各階の居室が急勾配の階段でつながるおもしろい作りで、レトロな意匠があちこちに残り、楽しくお酒を飲めそうなLDKからなんとなく旅気分を感じさせるプライベートルームまで、気どらない等身大の暮らしの楽しさがにじみ出るような空間でした。「自分がこれまで出会ったことも、これから出会うこともない人々まで、幸せになれるものを作れるのが建築家だと思っている」という七島さんの言葉に、自分にとっての北極星がいつも頭上にあり、その方向に歩き続ける人の強さを感じました。素敵な家づくりを仲睦まじいお二人で、これからもずっと続けてくださいね!


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