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クリエイターズ・インタビュー:刺繍デザイナー 青木和子さん

今回のゲストは、刺繍デザイナーの青木和子さんです。庭と暮らしと旅を大きなテーマに、糸と布を自在に操ってまるで絵を描くように表現する、豊かな刺繍の世界に魅せられるファンは多く、年に1〜2冊出版される著書の多くはロングセラーに。25年近く第一線で活躍されている青木さんの、クリエイションの背景を伺いました。

ご自宅の庭にて、青木和子さん。撮影/原野純一

青木さんが刺繍のお仕事を始められた頃のことを教えていただけますか?

刺繍はずっと趣味でやっていたのですが、結婚してからは専業主婦をしていて、子育てしながら家でできるフリーランスの仕事を模索していました。植物画をクロスステッチのデザインに起こして方眼紙に描き、サンプルと企画書にまとめたものを出版社に持ち込み、それが採用されたことが、この世界に入るきっかけになりました。1997年、NHKの番組「おしゃれ工房」のテキストの表紙担当が、刺繍を本格的にキャリアとしてスタートできたと思えた仕事です。


初めての本でご自身の企画提案が通るなんて、素晴らしいですね。

いろんな意味で運もよかったんです。当時の出版界は出版点数のピークを迎えていて、手芸の世界ではパッチワークブームの頃でした。私の作るものはあまりほかと重ならなかったようで、企画を作って持っていくと、わりとすぐに決まりました。競争するのが苦手なので、誰もいなさそうなところにすっと入った感じかもしれません。美大卒業後に勤めたカラーデザイン研究所で、デザインのプレゼンテーション方法を学んでいたのも役に立ちました。自分で企画を作るというスタイルも合っていたんだと思います。


明るい窓辺にもグリーンを飾って。窓越しに見えるのが別棟のアトリエの外壁。撮影/原野純一
布の上に刺繍糸で描くイラストレーション。思い通りの色と質感を出すために、何度もやり直すこともしばしば。

プレゼンがすんなり通ったのは、企画がよかったのでしょうね。

でも、初めての本づくりは時間がかかって本当に大変でした。本を出し始めた頃から5年間ほどは、戦後の出版界を担ってきたベテラン編集者の方々がまだ仕事をしていらして、ご一緒するなかでいろいろ学べたことは本当に幸運でした。新人の育て方や企画の練り方も実にすごくて、怒られることもありました。今はそういう泥臭い情熱みたいなものを直接感じることはなくて、もっとスマートでソツのない感じでお仕事が進んでいきます。どちらがいいというわけじゃないですけれどね。


その後ほぼ毎年、著書を出版されています。特にお気に入りの本はありますか?

どの本も一冊一冊、それぞれの思いが詰まっていますが、一つ挙げるとしたら『旅の刺しゅう』シリーズ(文化出版局)でしょうか。どんな本を作ってみたいか問われ、旅に出かけてその印象を刺繍で表現してみたいと提案しました。刺繍キットを作るメーカーが協賛してくださり、旅のインスピレーションを綴るというテーマでシリーズ化され、一番古いものは版を重ねて、先日11刷になりました。


植物や花や庭は、青木さんにとって重要なモチーフですね。園芸雑誌や花の雑誌で連載をされていたこともあるとか。

自宅と離れのアトリエの間に小さな庭があって、いろいろな植物を育てています。刺繍のキャリアをスタートした頃はバラに凝っていたのですが、今は長くマイペースで庭とつき合えるよう、バラは少しだけ残し、自分で手入れができる好きな花を中心に楽しんでいます。庭の草花や、訪れる虫や鳥を観察してスケッチしたり、図鑑で確認したりして、そこから刺繍のデザインを起こすことがよくありますし、旅先でも野原や庭を訪れることが多いです。


初夏の雨上がりの庭。多彩なグリーンのグラデーションと白い花々の対比がさわやか。撮影/原野純一

青木さんの肩書きは「刺繍作家」ではなく、「刺繍デザイナー」なのですね。

はい、自分の作品を作って発表するというより、リクエストに合わせてデザインをする仕事なので、刺繍デザイナーです。テーマや目的をいただいて、布をキャンバスに刺繍糸という画材で、イラストを描くようにデザインをします。書籍の場合は、誰もが作れるように色やステッチの組み合わせをデザインするのが仕事です。もちろん読者の方が楽しめるようにとも考えています。

文芸書の装丁のための刺繍も。『永遠の「赤毛のアン」ブック』(奥田実紀著・集英社)、『旅路の果て モンゴメリーの庭で』(メアリー・フランシス・コーディ著・講談社)。

なるほど。文芸書の装丁に使われたものなどを見ると、手芸というよりイラストレーションに近いですね。

そうですね。ハンドタッチや手の温もりのある、糸で描いたイラストのような感じです。


その独自のタッチのイラストが、たくさんの広告に採用されているんですね。

NHKの表紙がきっかけとなり、出版のお仕事のほかに広告のお仕事もいただくようになりました。食品、化粧品、自動車メーカー、業界団体などがクライアントで、カレンダーもいろいろ制作しました。広告代理店からのオーダーで、毎回テーマに合ったデザインを刺繍で表現したものを提出します。広告キャッチコピーの文字をミシン刺繍で入れたりもします。


北欧への留学経験もお持ちです。

はい、カラーデザイン研究所を退職後、20代半ばのときにスウェーデンの郊外のボロースという町にあるテキスタイルの学校に1年間通いました。さまざまな素材や技法を使って一枚の布を織り上げる経験や、現地で出会った友人たちの暮らし方にも大きな影響を受けました。在学中に、伝統あるテキスタイルメーカー「アルメダールス」のデザインコンペがあって、スウェーデン人の友人の作品と一緒に、私のデザインが採用されたときはうれしかったです。

20代の留学経験は、青木さんの暮らしや仕事のスタイルに大きな影響を与えたそう。撮影/原野純一

お仕事をするうえで大切にされていることを、改めてお聞かせいただけますか?

私はデザイナーなので、リクエストに応えるのが仕事です。それが大前提で、誰もが手に入れられる材料で誰にもできない刺繍のデザインをする、ありふれたもので素敵なものを作る人でありたい、と思っています。それから、陽の光の中で仕事をすることも大切にしています。理由は、光が変わると色が違って見えるから。自然光のもとで色を見たいので、作業は太陽が出ている時間しかしません。だから冬の仕事時間は短いですよ(笑)。構想を練ったり、資料を見たりは夜ベッドの中ですることもありますけれどね。


お仕事は、ご自宅の離れのアトリエでされるんですか?

このアトリエは母屋より古いんですよ。スウェーデンから持ち帰った大きな織り機を置くために、家を建てるより先に別棟の仕事場を作りました。かれこれ40年前のことです。仕事をせざるを得ない環境を先に作ってしまったんですね。庭の奥に位置していて、大きな窓があるので、自然光がよく入り、庭の様子もよく見えます。


アトリエの風景。カウンターの下は色別に収納された刺繍糸。青木さんにとっての画材です。

制作の一日はどのように過ごすのですか?

アトリエに入って一日の仕事を始めるのは朝の9時か10時です。コーヒーを飲んでから一仕事して、お昼は料理せずに食べられるものを簡単に食べて、日が暮れる夕方まで仕事。どんなに忙しくても、午前と午後、必ずお茶の時間をとります。合間に庭を歩き回ったりもするので、境目があるようでないような仕事のしかたなんですよ。


海外のアーティストの仕事のしかたみたいで素敵ですね。

そうかしら(笑)。スウェーデンでデザインの仕事のしかたを見ていたことも大きいかもしれません。デザインって何か特別なことのように思われがちだけど、あちらではみんな普通に暮らして、肩肘張らず普通にデザインをしていました。そういう姿勢っていいなぁと思ったんです。


優雅に思えてその実、集中力も目も手も使う、ある意味重労働ですよね。

私は作業の手が早い方ではないので、締め切りが集中したときは大変で、本当に必死に仕事していた時期もあります。始めた頃は子どもたちもまだ小さくて、家の中のこともあるので自分の時間が全くなかったですね。とにかく今日を乗り切ろう!そんな日の連続でした。だから、最初の10年間の記憶があまりないの(笑)。

会社員だったときにしていた仕事や、スウェーデンで勉強したこと、専業主婦時代に学んだこと、すべての経験が、そのときすぐには使えなくても、自分らしさの引き出しになっているのかな。今思うと、そこを時に応じて開いては大変な時期を乗り切ってきたから、今も息切れせずに続けられているのではないかと思います。本当に気に入った刺繍ができたときは、音のない音楽が聞こえてきて長い時間見入ってしまうことがあって、それが滅多にないご褒美かも。

学生時代から使っている家具、留学先で買ったアート。自分のスタンダードを大切にする青木さん宅のインテリア。撮影/原野純一

いいですね。リラックスして集中状態に入れる秘訣は何ですか?

規則正しい生活と、体を動かすこと。私の場合は、運動代わりに庭仕事をします。昼食の後に15分お昼寝をするのも日課です。横になって目をつぶってボーッとするだけでも体が休まり、朝が2回来る感じでいいですよ(笑)!


最近は、どんなプロジェクトを手がけていらっしゃるんですか?

『ステッチイデー』(日本ヴォーグ社)という季刊誌で8年ほど「小さな刺繍の旅」という取材ページを連載していて、それを一冊にまとめる企画が進んでいます。気になる人を訪れるために各地を旅して取材をし、そのときに自分の感じたことを刺繍と文章で綴る内容です。来年の春に発売予定で、これから撮影に入ります。


では最近、やってよかったことってありますか?

よくぞ聞いてくれました(笑)。この5年ほどの間に、自宅のインテリアリフォームを2回に分けて行ったんですが、これが私の後半の人生を変えるきっかけになりました。リフォームはお金も体力も時間もかかるけれど、それを乗り越えるとすごく気分が前向きになります。やって本当によかったです。あのとき決心せずにだらだら過ごしていたら、今の自分はなかったかな。60代って境目と言える年代で、「もうこのまま歳を取っていくのかな」とあきらめてしまうか、もう一つがんばれるかは気の持ち方次第。やりたいと思ったことがあるなら、やったほうがいいと思います。実行したことで「さて次はどうしようかな」と自然に思えるようになるし、前向きになれるんじゃないかしら。

※青木さん宅のリフォームについては、『愛せるキッチン、愛する暮らし』(田原由紀子著・光文社)でご紹介しています。


自宅の寝室から庭の木々や草花を見下ろして。撮影/原野純一
作品集の海外出版が相次いでいます。現在中国、台湾、韓国、アメリカ、イギリス、フランス、スペインの7ヶ国で愛読されているのだそう。

今凝っていること、気になることは何でしょうか?

リフォームの次は何をしようという感じで、今は来春のお庭の仕込み中です。11月と12月は、ガーデナーにとって忙しい時期なんですよ。それから、インテリアももう少し手を入れたいですね。新しい部屋に似合う家具や、刺繍作品を入れる額を探しています。


最後に、これからやってみたいことや目標を教えてください。

ずっと仕事を続けられればと思っていますが、そうじゃなくなる日がもし来たら、自分がしたいなと思っていた暮らしをととのえて、改めて「作家」として仕事をしてみようかな、と思っています。リクエストされてじゃなく、自分から作ろうと思うものを制作してみたい。そうね、70歳になったあたりで。テーマはやはり草原や野原が好きなので、それを追求したいです。普通の暮らしを淡々と楽しみつつ制作をしている、そういうのもありですね。


インタビューを終えて

私が持っている青木和子さんの本で特に大好きな2冊は『旅の刺しゅう3 コッツウォルズと湖水地方を訪ねて』(文化出版局)と、『青木和子のステッチライフ 四季の庭、日々の暮らし』(日本ヴォーグ社)です。刺繍の本ですが、青木さんの植物や庭への愛と知識の深さ、日々の暮らしに対する思いや、移りゆく季節や小さなものたちへの温かなまなざしが感じられ、制作の舞台裏も垣間見られる素敵な本たちです。ぜひ読んでみてください。青木さんにお目にかかるといつも別分野のおすすめの本を教えてくださるのですが、最近教えていただいた2冊も、買って本当によかったと思えるものでした。そのリンクも最後に貼っておきますね。



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