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クリエイターズ・インタビュー:依田邦代さん(エディター)

今回は、昨年の流行語大賞にノミネートされるなど話題になった「グレイヘア」の仕掛け人である、エディターの依田邦代さんをご紹介します。編集を担当した『グレイヘアという選択』(主婦の友社刊)など、一連のシリーズが定年退職を迎える年に多方面で大反響を呼び、退職後は少しのんびりする予定だったのを変更して、すぐ翌月に会社を設立し、次々と新しいプロジェクトを手がけている依田さん。尊敬する会社員時代の先輩でもあります。

撮影/佐山裕子

依田さんの現在のお仕事を、ご自身の「◯◯のプロ」という言葉で表現していただけますか?

私と同じく、これからシニアとなる年代に向かう女性たちがワクワクするようなコンテンツを本にするプロ、でしょうか。


大ヒットして社会現象にもなった「グレイヘア」ですが、仕掛け人として取材されることも多くなったそうですね。何か心境の変化などはありましたか?

本が話題になって以来、アドバイスを求められたり、講演や連載の依頼をいただいたりする機会が増えました。もともと、編集者は黒子に徹すればいいという考えだったのですが、お役に立てるならと、自分自身が前に出ていくことも断らずにお引き受けするようになりました。「グレイヘア」関連の本を作り続けることで、白髪染めを続けるかどうしようか躊躇している女性たちが、たくさんいることもわかりました。「グレイヘア」はあくまで「選択」なので、もちろんしなくてもかまわないのですが、もしチャレンジしたいのに迷っている人がいるなら、最初の一歩を踏み出せるようなお手伝いが、本だけでなくさまざまな形でできたらいいな、と思っています。

2016年に発売された『パリマダム グレイヘア スタイル』は、きちんと手をかければ「白髪はおしゃれ」と認識されるきっかけに。日本人女性を取材した『グレイヘアという選択』が大ヒットし、最新刊『グレイヘアという生き方』まで、シリーズ4冊で累計13万部超。悩める女性たちのニーズをすくいとった提案企画や優しく勇気づけるエッセイが並びます。

そのことも、定年退職後の会社設立の後押しになったのでしょうか?

その側面はありますね。最後の1年間にいろいろなことが起こって、あれ、これはもしかしたら神様に「もう少し働いたら?」と言われているのかなと思って。友人から「会社にしたほうがいいよ」と言われたこともあり、退職後すぐに会社を作りました。女性ならではの視点で新しいコンセプトを提案できる会社にできたら、という願いを込めて、社名はconceptの女性名詞をイメージして「concepta」にしました。


会社員として勤め上げた後、自身の専門性を生かした活動に邁進。そういう依田さんの生き方がそのものが、同世代の女性たちへのエールにもなっている気がします。

そんなふうに言っていただけるとうれしいですね。でも自分では「今は『人生の放課後』みたいなものだな」とも思っているんですよ。授業は終わっていつ下校してもいいけれど、もう少し校庭でドッジボールしていたい、みたいな(笑)。


38年間、たくさんの雑誌や本を世に送り出して来られたわけですが、会社員生活を振り返ってみていかがですか?

今思えば、いろいろなことを教えてもらいました。20代から30代の頃は取材のやり方や写真の選び方、構成のしかたなど、本づくりの基本をやみくもに学びました。育児誌の編集を経て、新雑誌の創刊でファッション誌を一から作ることになり、外部のクリエイティブスタッフの方々と一緒にビジュアル表現を模索したのもよい勉強になりました。イメージ重視で企画提案型のビジュアル誌と、リアルな実体験や読者の声を拾って共有する育児誌では作り方も両極ですが、どちらもおもしろかったし、ちょうど小さな子ども2人の子育て時期だったので、自分の経験も役立ちました。


それから40歳でインテリア雑誌の編集長に抜擢され、リニューアルを通じて伸び悩んでいた部数を大幅に回復させたのでしたね。

インテリアのイの字も知らない私を編集長にするなんて、会社もずいぶん無茶だな、と思いました。でも立場を与えられたからにはと考え、『MODERNLIVING』や『casa BRUTUS』のようなかっこよさとは違う、実用書の会社ならではのインテリア雑誌という方向性を自分なりに模索しました。家づくりを自分ごととしてとらえたときに、どうすれば思い通りの家がつくれるのか、プロに聞きたいことを企画にしていったんですね。悩みには普遍性があり、実感を伴った記事には反響があることもわかって、住まいにぬくもりや優しさを求め、ヨーロッパやアメリカのインテリア洋書に憧れている人たちの姿が見えてきました。読者が好きな新しいスタイルを提案するために、インテリア雑貨の通販や海外取材もたくさんやりましたね。編集部のチームワークも含めて、この『プラスワンリビング』という雑誌で、本格的に自分らしい作と言えるものができたのかな、と思っています。


編集長を8年半務めた後、シニア女性の生き方雑誌と書籍編集部に活躍の場を移されました。

この職場では、多くの人生の大先輩を取材する機会に恵まれました。日野原重明さん、画家の堀文子さんなど当時90歳代の方々や、田部井淳子さん、黒柳徹子さん、草笛光子さんなど、日本の各界の重鎮の方々に毎月お目にかかりましたが、どなたもまったく威張るところのない、誠意とサービス精神あふれるナチュラルで素敵な方でした。年を重ねたらどういう人になりたいかといったら、自分の中に知識や経験を積み重ねていける人だと思うんです。人を思い、助けてあげられる人、人の役に立ち、人を魅了する人に自分も近づきたいと思いました。


お話を聞いていると、私生活と本づくりが見事にリンクしていて、依田さん自身の感動や発見が本になってきていると感じます。

プライベートで疑問に思ったことやその時点での課題が、仕事に昇華できる立場だったのは幸運でしたね。シニア雑誌にいたとき母が体調を崩し、近くに引っ越してもらうために実家の片づけをしたんですね。そのときの経験をドキュメンタリー企画にしたら、「一人で泣きながら片づけていたけれど、とても励まされた」と大反響があって。編集者で発表の場があったからこそ、育児や親の終活など個人的な体験を普遍的なコンテンツとして本にすることができたのだと思います。それによって自分自身も救われた気持ちになりました。


雑誌編集や本づくりについてたくさん伺ってきましたが、依田さんがお仕事でいちばん大切にしたいことは何ですか?

私は天才肌ではなく努力家タイプだと自分で思っています。自分のアイディアや実感があって、それをどう普遍化するかを考えるのが私の仕事だと思うのですが、読者は本当にこれを知りたがっているのか、言葉はこれでいいのか、納得してもらえるか、何度も何度も反芻します。校了するまでずっと迷い続けるんです。ものを作る人にはわかっていただけると思いますが、毎回100点満点のものはできなくて、もっといいものを作りたい、次はもっとがんばろう、といつも思うのです。これからあと何冊本を作れるかわかりませんが、少しでも自分の中に蓄積していけるものがある限り、続けていきたいという思いはあります。

また、雑誌の編集部は本当に忙しくていつも締め切りに追われる状態だったので、どうしても「横に流す」ような仕事のしかたになるんですね。実はその「横に流している」荷物に大切なものが入っているのに、もったいないと思って。これからは過去の体験や知識を次に活かせる、いわば「縦に積み重ねる」ような仕事がしたいと思っています。


集大成ともいえる企画が、これから次々に出てきそうですね。依田さんが現在手がけている新しいプロジェクトはどんなものなのですか?

まだタイトルなどは発表できないのですが、シニア女性に向けた新しいコンセプトの本を何冊か作っています。「グレイヘア」という言葉や概念は広まりましたが、要望に応えられる商品がまだ少ないとも感じています。本以外でも、そういったニーズに応えるための提案を考えているところです。


それでは、今注目していること、凝っていることはありますか?

凝っているというのではないけれど、自分の中の変化としておもしろいと思っているのが、今、モノクロの写真にとても惹かれるということです。先日、ブックホテル「箱根本箱」で本三昧の滞在を楽しんできたのですが、約12,000冊の本の中で今の自分にフィットしたのが、写真集だったんですね。なかでもアンドレ・ケルテスの『読む時間』という一冊が本当に素敵でした。1915年から1970年にかけて世界のあちこちで撮影した、「読む」ことに心を奪われた人々の姿を集めた写真集です。これから、モノクロームの写真をたくさん見ていきたいなと思いました。


最後に、依田さんは今後どんなことを目指していきたいか、お聞かせください!

同世代の女性たちが、人生の後半戦を自分らしく楽しく生きていくため、また目標を持って生き生きと過ごしていくためのお手伝いを、これからも本を通して実現できたらと思います。そして後からやって来る若い世代の女性たちにも、若くなくなったらもう楽しくない、落ちていくだけと悲観するのではなく、年を重ねるといいことがあるんじゃないかと期待をもって見てもらえるような、お手本やヒントを示すことができたらうれしいです。紙媒体だけでなく、別のメディアでも発信していきたいと思っているんですけれど。ずっと本づくりで忙しかったので、まずは自分のウェブサイト作りからですね!


インタビューを終えて

依田さんが編集長を務めたインテリア誌の編集部で、その後半の3年間ほど副編としてご一緒したのがもう10年以上前。ものすごく仕事のできる方が上司であるプレッシャーはありましたが、隣の席でよく大笑いした(何がそんなにおもしろかったのか?)楽しい思い出があります。新しいことにチャレンジする姿勢、自分のアイディアに自信と客観性の両方をもって臨むことなど、この時代に依田さんから学んだことは今も私のパワーになっています。最近久しぶりに一緒にお仕事をしましたが、年を重ねてさらにパワフルに、そして自由に軽やかになっている姿はまちがいなく「私も◯年後こういうふうになっていたいな〜」と思わせるものでした。年をとるっていいなぁ、そう思える女性たちが増えたら、この国はもっと幸せになりますね、依田さん!

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